THE ダイエット!


解説

『体を張ってモナリザへ』

松本 侑壬子

 顔は大事である。いきなり冒頭から出てくる丸い顔には邪気がない。明るい。体と同じで、円満である。だから「体重を95㌔から57㌔に落とさねば」と懸命にランニングすれば、こちらも一緒に走っている気になる。監督が観客をやすやすと味方に付けるのは、この顔のせいだ。そして笑っているうちに、まんまと監督の愛の術策にはまり込んでしまう。この人は、顔で得をしている。

 この映画の最大の特徴は、撮る者と撮られる者が同一人物ということである。普通、ドキュメンタリーでは撮る者は大抵「神の位置」にいる。「私はこの問題を公平に見ています」といっても、見ている者の目で観客に見せているわけで、監督の目という主観からは逃れられない。撮られる側からすれば、自分ではそんなつもりじゃないことでもそうだとして描かれたり、自分ではちっとも気がつかなかったことを、監督という他者の目で暴かれてしまうこともありうる。主観と客観が別のものだからだ。ところが、この映画はそうではない。主観と客観が一つになる、すなわち、監督自身が撮る人であり、かつ被写体である。

 監督のアタマの中で、「少しでもよく見せたい」被写体と「深くえぐり出したい」撮る側とのせめぎ合いは、いかばかりだったろうか。
監督がカメラの前に曝しているのは贅肉のついたお腹だけではない。痩せるためのノーハウでもない。なぜ痩せたいのか、なぜ太るのか、なぜ食べるのか…の深層心理を覗きこむことだ。そして、幼少期の父母との思い出から驚くべき愛の力学を発見する。優れた心理療法士の手助けで、太った自分の肉体と精神の因果関係の源にたどり着くのである。

 これは、映像作家の大いなる挑戦である。どこまで自分をさらけ出すのか、どこまでさらけ出すことを自らに要求するのか―文字通り体を張った被写体になることで、ついに50歳にして“醜い肥満体”から“黒いドレスのモナリザ”へと、まるで蛹が変態するように自らを解き放つ精神力を得る。率直でユーモラスな語り口の底には、綿密に計算された映像作家の冷徹な目が光っている。そこが単なる“スリムもの”とは異なる、優れた人間ドラマになっている所以である。

                        

松本 侑壬子(まつもと・ゆみこ)

映画評論家。共同通信記者だった頃より、ドキュメンタリーや映画や、女性監督を中心に執筆活動をしている。著書に「シネマ女性学」「映画をつくった女たち~女性監督の100年~」など。