映画『サクロモンテの丘~ロマの洞窟フラメンコ』

DIRECTOR

監督:チュス・グティエレス

チュス・グティエレス

1962年、グラナダ生まれ。CMディレクターとしてキャリアをスタート。現在ではスペインの中でも信望が厚く重要な監督の一人である。
子供の頃に初めて両親にタブラオに連れていかれて以来、何度もサクロモンテを訪れ、サンブラと関わり続けている。1995年の『アルマ・ヒターナ/アントニオとルシアの恋』ではサクロモンテの重要なアーティストの協力を得て、非ロマとロマとの共存を描いている。また『世界でいつも…』(2003年)『ヒステリック・マドリッド』(2004年)『デリリオ -歓喜のサルサ-』(2014年)はいずれもラテンビート映画祭で上映された。

2014
サクロモンテの丘~ロマの洞窟フラメンコ
2014
デリリオ -歓喜のサルサ-
2008
Retorno a Hansala
2004
ヒステリック・マドリッド
2008
世界でいつも…
2002
Poniente
1997
Insomnio
1995
アルマ・ヒターナ/アントニオとルシアの恋<未>
1993
Sexo oral
1991
Sublet

―はじめてクーロに会ったときの印象、そして3年前に再会したときの印象を教えて下さい。

私がクーロに会ったのは12歳の時で、彼が私の両親の家のパーティーへ踊りに来た時でした。その後、彼のタブラオで他のフラメンコダンサーと一緒に踊っているのを見ていました。私はずっとクーロのことを特別な人間だと思っていました。すごく頭が切れて度量が広いんです。 その後、グラナダへ私の映画を上映するために行った時、20年ぶりに彼と再会しました。私たちは一緒に食事をしながら、昔話をして、サクロモンテのことについて話し合いました。その食事の最中、私はサクロモンテについての映画を撮るべきだと話したんです。まだお年寄りが生きているのだから、1963年の大洪水の前の彼らの暮らしぶりがどんなものだったかを再現しようと言ったんです。

―サクロモンテというコミュニティに入り込んで撮影することで、どんな苦労がありましたか?

現地へ行って、撮影するのは、取り立てて難しいことはありませんでした。大変だったのは予算がほとんどなかったことで、お金をかき集めながら、撮影を続けたんです。もっと現地で時間があればよかったんですが。

―サクロモンテの方々はこの映画をみてどんな反応をされましたか?

サクロモンテの人々は、映画になったことをすごく喜んでいたと思います。自分たちがどんな人間であり、どんな暮らしをしていて、どんなフラメンコを踊っていたかということが描かれていることを誇りに感じているようでした。映画でインタビューしたアーティストの中には、公開時には亡くなっている人もいましたから、すごく感慨深く、心に響いたんですね。

―フラメンコは進化していき、サクロモンテ特有のサンブラ等、伝統ある古き良き時代のグラナダのフラメンコが失われていくように思います。これからのサクロモンテがどの様に引き継がれていくことを望まれますか?

サクロモンテは、いつもグラナダとは分けられています。数年前までは、街の地図にさえ載っていませんでした。長い間、ロマ文化は差別を受けてきました。現在、サクロモンテという土地も彼らの芸術も見捨てられています。でも将来には、まったく不安を持っていません。まったく新しい世代のダンサーや歌手が彼らの古い文化を継承していますから。世界でも珍しい素晴らしいあの場所の重要性を、グラナダの行政当局が考慮してくれることを願っています。