全長4300キロに及ぶチリの長い国土は太平洋に臨んでいる。その海の起源はビッグバンのはるか昔まで遡る。そして海は人類の歴史をも記憶している。チリ、西パタゴニアの海底でボタンが発見された。--そのボタンはピノチェト政権により政治犯として殺された人々や、祖国と自由を奪われたパタゴニアの先住民の声を我々に伝える。火山や山脈、氷河など、チリの超自然的ともいえる絶景の中で流されてきた多くの血、その歴史を、海の底のボタンがつまびらかにしていく。
チリ南部。無数の島や小島、岩礁、峡湾(フィヨルド)が存在し、「西パタゴニア」という名前で知られている。海岸線は、およそ7万4000キロもあり、人が足を踏み入れたことのない場所さえある。南アメリカ大陸の遙か南を含む、ペナス湾からスタテン島(南アメリカ・最南端の場所)までの、広大な“海の迷宮”は、人類が元々、海に住んでいたことを思い起こさせる。ドイツ人科学者のテオドール・シュベンクによれば、人間の内耳は渦巻き状の巻貝のようであり、心臓は2本の海流の合流地点であり、我々の体の骨のいくつかは、渦巻きのような螺旋状になっているという。
水は人間だけのものではない。太陽系に存在する共通要素のひとつである。木星や土星などいくつかの惑星では、水蒸気の痕跡が確認されており、火星、月、エウロパ(木星の衛星の一つ)、タイタン(土星の第6衛星)では氷が見つかっている。また太陽系外の天体にも、多くの水が存在する。2010年、チリのラ・シヤ天文台が、地球から20光年離れた天秤座にある“グリーゼ581”のいくつかの衛星に水があることを発見した。現在では、パタゴニアのような群島が存在する可能性を否定することはできない。
この地域についての映画を撮ることになり、同時にこの地の住民の歴史をカメラに収めようという気持ちになった。テオドール・シュベンクの言葉に「考えるという行為は、すべてのものに適応するという水の能力に似ている。人間の思考の原理は水と同じだ。あらかじめ、あらゆるものに順応できるようできているのだ」というものがある。おそらく、このことが人類の一部族が、この地に1万年も孤立状態の極地の気温の中、住み続けてきた理由だろう。風速55メートルという強風が吹く中である。18世紀には8000人が暮らしていたと言われているが、現在でも20人の住民がいる。