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予告編

本予告
40秒予告
イントロダクション

2016年にクランクインした本作は、2017年春に完成し、北京市の映画関係部署の審査に入ったが、その後約2年間、当局から繰り返し修正を迫られ、全国での公開日まであとわずか7日というところまで作業は続いた。2019年4月4日に中国本土で公開されると、3日間で約6.5億円の興行収入を記録し、大ヒットとなった。

本作は、中国公開前に台北で2018年11月に開催された第55回台湾金馬奨において、監督賞、撮影賞、音響賞、アクション設計賞の4部門でノミネートを果たし、2019年2月の第69回ベルリン国際映画祭パノラマ部門で上映された。 また、第20回東京フィルメックスのオープニング作品として2019年10月に日本で初上映された。なお、今回公開するバージョンはフィルメックスで公開された北京市映画関係部署の審査済みのバージョンより5分長く、検閲によりカットを余儀なくされた部分を復活させた129分の『シャドウプレイ【完全版】』というタイトルで公開を行う。

ストーリー
監督インタビュー
─ 制作の背景、メインの撮影現場になった『村』に関して

そこはビジネス街に囲まれた『村』で、空間的に非常に特別な場所でした。高層ビルが建っている中で昔のままの『村』が残っている。そんな珍しいロケーションから、『シャドウプレイ』を作る発想を得たんです。もしこの場所に出会わなかったら、この映画は撮らなかったと思いますね。すべての出発点は『村』ありきだったんです。 そこから周囲のビジネス街のオフィスまで、5分以内で歩き通せるんです。つまりその場所はその時間内で、30年前の中国から現在の中国までを一気に行き来できる。そのことに非常に不思議な感覚を覚えました。それで映画を通して、それぞれの時代のスピードと落差、そして異なる年代でありながらも同じ場所で物事が起きているという不思議な感じを表現したいと思いました。そのような場所に生きる人々への影響も非常に大きかったと思うので、その機微も描きたかったわけです。

─ リアルな事実に基づいて描かれた物語の中に、派手な見せ場、アクションシーンを盛り込んだのはなぜか

この物語は実際に起きた事件をベースにしていますが、人間関係の描き方はオリジナルで作り上げたものなんですね。先ほども話した『村』は非常に複雑な場所で。周辺との関係、政府との関係、実業家や官僚との関係、その他さまざまなことが入り乱れて、この『村』に凝縮されている。つまり『中国の生きた標本のような地区』でもあるんです。そこにジャンル映画の要素を持ち込むことによって、個人的なことが描けるかもしれないと思ったわけです。社会的な事件を背景としながらも、人と人との関係、なにより『人間』をしっかりと描くこと、それが僕の目標でした。

─ 劇中で効果的に使われる中国の流行歌「夜」と台湾の流行歌「一場遊戯一場夢」に関して。
もともとは曲名である「風中有朶雨做的雲」をなぜ中国語の映画タイトルにしたのか

映画のタイトルにした「風中有朶雨做的雲(風のなかに雨でできた一片の雲)」とエンディング曲の「一場遊戯一場夢(一夜のゲーム、一夜の夢)」、僕自身はどちらかというと後者の歌のほうが好きなんです。なのでそちらをタイトルにつけようと思ったんですが、国家電影局からそのタイトルはよくないと言われて、前者に変えたんです。ただしこれらの歌が映画の内容を決定的にするかというと、そうではないと思いますね。映画の内容と関係はあるけれども、映画自体さらに重要な意味を持っていると思います。それから「夜」と「一場遊戯一場夢」はどちらも夢について歌っていて、素敵な曲です。暗闇の夢の中に帰っていくわけですが、劇中ではその夢は決して美しい夢ではなかったということです。

キャスト
ジン・ボーラン(井柏然)
1989年、遼寧省瀋陽市生まれ。中国のオーディション番組「加油!好男児」に出演し、そこで優勝したことをきっかけに、芸能界デビュー。同年、2人組CPOPグループ「BoBo」として活動を開始してアルバムを発表した。映画『モンスター・ハント』(15)、『クライマーズ』(19)などで知られている。
ソン・ジア(宋佳)
1980年、黒竜江省哈爾濱市生まれ。瀋陽音楽学院で柳琴(中国の民族楽器)を学んだ後、上海戯劇学院を卒業。2006年、『好奇心は猫を殺す』(張一白監督)の梁暁霞役で、一躍脚光を浴びた。2008年、ジョン・ウー監督の大作『レッドクリフ』に驪姫(曹操の愛妾)役で出演。『SHOCK WAVE ショックウェイブ 爆弾処理班』(17) 『愛しの祖国』(19)等がある。
チン・ハオ(秦昊)
1979年、遼寧省瀋陽市生まれ。2000年、中央戯劇学院を卒業。『青虹 シャンハイ・ドリームズ』(05/ワン・シャオシュアイ監督)、賠償千恵子と共演した『東京に来たばかり』(12)、岩井俊二初の中国映画『チィファへの手紙』(20)などで知られる。『スプリング・フィーバー』(09)『二重生活』(12)『ブラインド・マッサージ』(14)等、ロウ・イエ監督と組んだ作品が多い。
マー・スーチュン(馬思純)
1988年、安徽省蚌埠市生まれ。イスラム系の少数民族回族出身で、1995年に映画『三個人的冬天』に出演、7歳で子役デビュー。2011年のドラマ「ハッピー・カラーズ ~ぼくらの恋は進化系~」で大人の女優として頭角を現す。2015年、『ひだりみみ』で台湾金馬奨の助演女優賞にノミネート。翌年『ソウルメイト/七月と安生』(16)ではダブル主演のチョウ・ドンユィ(周冬雨)と共に、台湾金馬奨最優秀主演女優賞をダブル受賞。
チャン・ソンウェン(張頌文)
1976 年、広東省韶関市生まれ。北京電影学院卒業。2004年、ドラマ「乘龙怪婿」で主演デビュー。 2017年、出演した『西小河的夏天』が第22回釜山国際映画祭「ニューウェーブ」部門のKNN Awardを受賞。 2018年、本作に続きロウ・イエ監督作品『サタデー・フィクション』に出演している。
ミシェル・チェン(陳妍希)
1983年、台湾台北市生まれ。テレビ「天使のラブクーポン」(06)の主演でデビュー。『聴説』(09/で第46回台湾金馬奨新人女優賞にノミネート。大ヒット映画『あの頃、君を追いかけた』(11/で、トップスターの地位を確立、「初恋の女神」と呼ばれる。『花様 たゆたう想い』(13)『ドラゴン・コップス 微笑(ほほえみ)捜査線』(14)等がある。
エディソン・チャン(陳冠希)
1980年、香港生まれ。1999年、CM出演で注目を浴び、2000年、映画『ジェネックス・コップ2』で主演デビュー。同年に歌手としても活動を開始。深作健太監督作品『同じ月を見ている』に出演するなど日本でも活躍。自身のファッションレーベル「クロット(CLOT)」が日本上陸を果たし、ファッションアイコンとして注目される。
スタッフ
ロウ・イエ監督(プロフィール)

1965年、劇団員の両親のもと上海に生まれる。1983年に上海華山美術学校アニメーション学科卒業後、上海アニメーションフィルムスタジオにてアニメーターとして働く。1985年、北京電影学院映画学科監督科入学。

1980年代から1990年代初期の上海の満たされない若者たちを撮った卒業製作映画『デッド・エンド 最後の恋人』(1994年)は、中国の伝統と典型的な中国文化に重きをおいた第5世代の監督たちの作品とは一線を画した作品で、中国映画史上、最年少の作家が集まって製作した点でも話題となり、1996年のマンハイム・ハイデルバーグ映画祭で監督賞を受賞。

1995年、ほかの第6世代の監督らと共にテレビ映画のプロジェクト「スーパーシティ・プロジェクト」を企画。プロデューサーとして、若手監督に心ゆくまま自分の撮りたい作品を撮らせるチャンスを与えた。彼自身が手掛けたサイコミステリードラマ『危情少女 嵐嵐』(1995年)はテレビ用の長編映画だが、ナレーションなしで作られ、その演出は中国のテレビ映画界に衝撃を与えた。

1998年、自らの会社ドリーム・ファクトリーを設立。中国初のインディーズ映画製作会社となる。第2作目の上海の通りで密かに撮られた『ふたりの人魚』(2000年)は、中国国内で上映を禁止されながらも、2000年のロッテルダム国際映画祭と東京フィルメックスでグランプリを獲得。続く『パープル・バタフライ』(2003年)ではチャン・ツィイーと仲村トオルを起用し、カンヌ国際映画祭のコンペティション部門に正式出品された。そして天安門事件にまつわる出来事を扱った『天安門、恋人たち』(2006年)がカンヌ国際映画祭コンペティション部門で上映された結果、5年間の映画製作・上映禁止処分となる。

禁止処分の最中に、中国では未だタブー視されている同性愛を描いた『スプリング・フィーバー』(2009)が、カンヌ国際映画祭で脚本賞を受賞。パリを舞台に、北京からやってきた女教師とタハール・ラヒム演じる建設工の恋愛を描いた『パリ、ただよう花』(2011年)はヴェネツィア国際映画祭のヴェニス・デイズ、およびトロント国際映画祭ヴァンガード部門に正式出品された。2011年に電影局の禁令が解け、中国本土に戻って撮影された『二重生活』(2012年)は、カンヌ国際映画祭ある視点部門に正式招待。さらにアジアン・フィルム・アワードで最優秀作品賞ほか3部門を受賞した。

中国現代文学の代表的作家でありロウ・イエと親しい友人でもあるピー・フェイユィの小説を原作にした『ブラインド・マッサージ』(2014年)は、ベルリン国際映画祭コンペティション部門に選出され銀熊賞(芸術貢献賞)を受賞。台湾金馬奨で作品賞を含む6冠を受賞。総計19賞、15部門ノミネートに輝く。日本では2014年9月にアジアフォーカス・福岡国際映画祭にて先行上映された。

本作『シャドウプレイ』は、2018年の台湾金馬奨で監督賞、撮影賞、音響賞、アクション設計賞の4部門にノミネートされた。2019年2月のベルリン国際映画祭パノラマ部門で上映された。中国本土では同年4月4日に公開となった。また、本作の製作舞台裏を記録した『夢の裏側』が、ロウ・イエの妻であり本作共同脚本家でもあるマー・インリー監督により制作された。

最新作は、コン・リー主演、オダギリ・ジョー共演による、1941年の太平洋戦争開戦前夜の上海租界を舞台としたスパイ映画『サタデー・フィクション(原題:蘭心大劇院/英題:Saturday Fiction)』で、2023年11月に日本公開予定である。

2022年、『少年の君』のイー・ヤンチェンシー(易烊千璽)と『象は静かに座っている』のチャン・ユー(章宇)が出演、ロウ・イエ監督の新作『三文字(原題:三個字)」の撮影はコロナ禍で中断され11月現在撮影待機中である。

ジェイク・ポロック(撮影)

1975年、米国オレゴン州生まれ。ニューヨーク大学映画学部でテレビと映画制作の学位を取得。アメリカのインデペンデントで活動した後、中国語映画に興味を持ち台北に移住。新進気鋭の監督たちと組んで注目される。青春アクション映画『モンガに散る』(2010)では第5回アジア映画賞で最優秀撮影賞の候補となる。金城武出演のミステリーアクション映画『捜査官X』(2011)では第6回アジア映画賞最優秀撮影賞、第31回香港映画賞最優秀撮影賞を受賞し、『GF*BF』(2012)では第49回台湾金馬奨最優秀撮影賞にノミネート、2016年の『ソウルメイト/七月と安生』でも第36回香港映画賞最優秀撮影賞にノミネートされている。そして、2019年に本作で撮影監督を務め、第55回台湾映画金馬奨の最優秀撮影賞の候補となっている。

ヨハン・ヨハンソン(音楽)

1969年、アイスランド生まれの作曲家/ミュージシャン/プロデューサー。電子音とクラシックのオーケストラ・サウンドを融合させた個性的な音楽を生み出し、数多くの受賞歴をもつ。映画音楽の分野では、スティーヴン・ホーキング博士の実話に基づいた『博士と彼女のセオリー』(2014)の音楽で批評家に絶賛され、ゴールデン・グローブ最優秀作曲賞を受賞したほか、BAFTA(英国アカデミー賞)作曲賞、グラミー賞サウンドトラック作曲賞、放送映画批評家協会賞作曲賞にノミネート。ドゥニ・ヴィルヌーヴ監督『ボーダーライン』(2015)の音楽でも米国アカデミー賞作曲賞、BAFTA作曲賞、放送映画批評家協会賞作曲賞にノミネートされている。ロウ・イエ監督の作品では、『二重生活』(2012)や『ブラインド・マッサージ』(2014)の音楽も手がける。2018年、ドイツ・ベルリンにて48歳の若さで他界した。

コメント
矢崎仁司
映画監督
ゴダールの死んだ夜、『軽蔑』を観た。試写室のスクリーンの下に書かれた言葉が刺さった。
「劇映画に未来はない」
新しい年『シャドウプレイ』を観た。ロウ・イエ監督は、未来を走っていた。その瞬き、その視線、その沈黙、零れる涙。映し撮られた人間の表情は、なんて美しいんだ。ロウ・イエ監督が映画を撮り続ける限り、映画の明日を信じられる。
枝優花
映画監督・写真家
常に張り詰める隙間なく嘘のない緊張。
スクリーンを通し、こっちの世界とあっちの世界を行き来する時間。
劇場を出たとき、その境界線が曖昧になり足元がぐらつく体験。
入江悠
映画監督
ロウ・イエ監督がとてつもない中国ネオノワールの傑作を放ってきた!
これこそ21世紀の本物の『チャイナタウン』だ。
凄まじい熱量に目が離せない。
リム・カーワイ
映画監督
時代の気質と人間の感情の支離破滅さを混沌のまま描くのが、ロウ・イエ映画の真髄だとずっと思っている。縦横無尽なカメラワーク、行ったり来たりの時間軸、パズルのような編集と複雑な人物関係で構成された「シャドウプレイ」でも、それは深く味わうことができた。Netflixなどのサスペンスシリーズものなら、おそらく最低でも8エピソードで描かなければならない物語をロウ・イエ監督は、1本の映画に凝縮して見事に描き切っている。これは一貫した強い意志、自由への揺るぎない信念、そして子供のような心を持たなければできることではない。『シャドウプレイ【完全版】』の制作、撮影、編集、上映までのプロセスを記録したドキュメンタリー映画「夢の裏側」を見れば、それが明らかになるだろう。
山本佳奈子
文芸誌『オフショア』編集長
善悪の対比は本質ではない。ヤン刑事、再開発に抗う市民たちも含め、登場する全員がそれぞれに抱く利己的な欲望こそがこの映画の核だ。法律や規範にヘコヘコしていては己の望みは実現しない。それが中国、いや、我々人間が生きるこの世界だ。 そしてロウ・イエこそ、映画をつくり発表するという欲を自己抑制せず、中国のあらゆる規範に挑んでいる。『夢の裏側』は、ロウ・イエ流の欲望実現のための指南書だ。
川口敦子
映画評論家
2013年広州市で起きた実在の汚職事件をヒントに、都市開発をめぐる殺人事件の真相を追い嘘にからめとられていく刑事、愛と欲望に翻弄される5人の男女をみつめるフィルム・ノワール『シャドウプレイ完全版』。ロウ・イエの新たな快作はフィルムノワールというジャンルの闇の奥に国と人とがくぐり抜けた現実こそを見ようとする。天安門の年に始まる映画は改革開放の30年の時と向き合い、驚異的な変化をくぐり抜けた中国の人と歴史を改めてみつめてみせる。超現実的な現実の変化、そのドラマのような感触をドキュメンタリー・タッチで掬おうとする(ロウ夫人マー・インリーによるメイキング『夢の裏側~ドキュメンタリー・オン・シャドウプレイ』でもロウはその旺盛な意図を語っている)。

広州市の高層ビル群に囲まれて孤島のように取り残された冼村、繁栄以前の混沌を今も生きる村と富の先端を射ぬくビル街、30年の時を5分で往還し得るようなそのロケーションと出会ったことで生まれたという映画でロウがこれまで以上に駆使してみせるドローン撮影、俯瞰、手持ちキャメラの揺れとブレ、時の攪乱、眩暈の感触。そこにぬかりなく都市の映画の肌触りを紡ぎ、そうすることでもう一度、ノワールというジャンルの神髄を想起させる監督は”都会の村”でのモブシーン、その背景にぬかりなく成功の夢を象るネオンサインを置いて、犯罪映画の古典――『暗黒街の顔役』やそのリメイク『スカーフェイス』を思わせる。

ジャンル映画の背後に時代や人がくぐり抜けた欲望の歴史があるのだと、映画と現実が切り結ぶ関係をそっと噛みしめるように振り返る。土地開発にからめたノワールには『チャイナタウン』の遠いこだまを聞いてみたくもなるだろう。迷宮然とした都市の魔力を映画の背骨とした先達たちのノワールの記憶は冼村の小路、さらには香港、台湾の夜へと照り返り、繰り返された卑小な人の欲望、愛憎の歴史、”この世をわがものに”という夢の集積としての物語(ロマンス)の強かな紡ぎ手としてロウの語り口を支える。が、忘れてはいけないのは、そんなロマンスの甘苦さの向こうに映画が"3つの″中国の今、そこに在ることの実相、真相をこそ睨む闘志を逞しく鍛えていることだ。だからこそ、闇に蠢く人の夢、虚しさと哀しさの物語がいっそう苛烈になまめかしく見る者の目を、胸を撃つのだろう。
藤井省三
現代中国文学者、名古屋外国語大学教授、東京大学名誉教授
本作の中国語原題『風中有朶雨做的雲』とは、「雨は雲となり風に漂う」という意味である。これは恋人の帰りを待つ者の切ない心情を歌う流行歌の題名でもあり、また“雲雨”は中国の古典では王と女神との情交を意味する言葉である。二組四角の男女関係から生じた二つの殺人事件の物語にふさわしい題名といえよう。ロウ・イエ監督はフラッシュバックの手法で時間と空間をザクザクッと撹拌する。2013年の都市暴動から1989年の大学生だったリンの誕生日祝賀ディスコパーティーとの間に、1990年代のタンによるDVや2006年のアユン失踪場面が投入される。こうして、その24年間の広州市の巨大な変貌ぶりが描かれてもいるのだ。

広州は北京・上海・深圳と並ぶ中国の四大都市であり、2021年の総面積は7434平方キロ、人口は1887万人である(東京都は2200平方キロ、1400万人)。東京の三倍以上の市域には広大な農村地帯を抱えていたが、そこに1978年頃から始まる改革・開放経済体制により大量の農民工が流入して、粗悪な建物が密集乱立し、この“城中村(都会の中の村)”の再開発が都市行政の重要な課題となった。土地公有制の中国では市政府による強制収容が行われるが、より多くの立ち退き料を望む住民と不動産会社や警察との間でしばしば暴行事件が発生し、死者が出ることがある。また官僚と不動産会社との癒着も指摘されている。  共産党一党制下の高度経済成長および一人っ子政策という中国独自の状況が、中産階級から富豪へとのし上がろうとする親世代と“富二代”と呼ばれる富豪二世の人々を、身心共に腐蝕させていくようすを信頼しかねる刑事二世の視点から緻密に解き明かした傑作と言えよう。 原題「雨は雲となり風に漂う」とは、風に漂う雲が雨となる、という自然界の法則を逆転した論理なのだが、庶民には禁じられた現代史の記憶をフラッシュバックにより喚起する、というロウ・イエ監督の手法をいみじくも言い得ているのである。
小池桂一
漫画家
一瞬たりとも目が離せない緊迫した展開で、2時間超の長尺なのにラストまであっという間に駆け抜けた気がします。
監督の持ち味である躍動感に満ちたカメラワークは相変わらずの切れ味でした。特に冒頭2シーン目、廃墟となったビル群の空撮から騒乱のさなかへの滑らかな視点移動、そしてTVリポーターをさしはさんで主要人物がその役柄と人柄をあらわにしながら登場という流れは、客観状況を無駄なく説明しながらいつの間にか現場の渦中へと、これまた無駄なく観客を引きずりこむみごとな手腕で、気づいたら作品世界に没入してました。
手持ちカメラを多用したドキュメンタリータッチの映像は猥雑で荒々しくエネルギッシュな反面、時に暗すぎて何が映っているのかわかりにくかったり、一見して乱暴なカットつなぎに見えることもありますが、実はドラマ描写を損なわずに最大限の臨場感をもたらすよう緻密に計算された編集と時間軸の構成によって繊細に組み立てられた作品ですね。この荒々しいタッチでこの複雑な人間模様を混乱させずに描き切る力量はさすがです。
さらにはフィルムの早回し/逆回しによるシーンのつなぎ方や、監視カメラ映像を使ったサスペンスの盛り上げなど実に現代的な手法も駆使して、社会派でありつつ芸術性と娯楽性を両立させるという非常に奥深く困難なミッションに成功しているのが驚きです。 役者陣もすばらしい。リアルかつナチュラルに人間の二面性を表現していて、現代中国の経済成長を背景に時代の波に翻弄される人間たちの栄華と腐敗の過程を描きながら、欲望とその帰結としての退廃という人間本性に宿る普遍的なテーマに迫っている。それもやはり、この生々しいカメラワークすなわちこの監督の映像センスと撮影現場へのこだわりがテーマに命を吹き込んでいます。
この監督の作品には常にこの「欲望と退廃」というテーマが通底音としてあるように思います。それをクライム・サスペンスという形で現代中国の時代精神から鮮やかに切り取ってみせた、ロウ・イエ監督にとってひとつの到達点を示した作品と言えるのではないでしょうか。
古賀太
日本大学芸術学部教授
これはロウ・イエ監督の映画で、『天安門、恋人たち』(2006)と並ぶ傑作ではないか。どちらも1989年の時に大学生だった者たちのその後を描いている点では同じだが、『天安門、恋人たち』は彼らの失意の日々を1990年代後半まで見せている。逆に『シャドウプレイ』は、大学生3人がその後中国の自由経済政策、特に不動産バブルに乗って変容してゆくさまを台湾や香港も含めて2013年まで描く点で、恐ろしいほど現代的だ。映画は25年間を行きつ戻りつするが、根本にあるのは、金を儲けて派手な暮らしがしたい、好きな相手と遊びたいという現代中国人の色と欲のパワー。つまりは「全員悪人」のドラマだけど、その激情ぶりがあまりに人間的過ぎて、愛すべき存在に思える。そして俳優たちがみんな魅力たっぷり。あまりに時間が頻繁に飛ぶので1度見ただけでは話を追うのは大変だが、根本にある強烈な現代中国人の生き抜く力に押し流されながら129分があっという間に過ぎてゆく。今年前半の最高の1本ではないか。
クレジット

スタッフ
監督:ロウ・イエ(婁燁)
脚本:メイ・フォン(梅峰)、チウ・ユージエ(邱玉洁)
マー・インリー馬英力(馬英力)
撮影:ジェイク・ポロック
録音:フー・カン(富康)
オリジナル音楽:ヨハン・ヨハンソン、ヨナス・コルストロプ
編集:ジュー・リン(朱琳)
美術:ジョン・チョン(鍾誠)
衣装:マイ・リンリン(邁琳琳)
ヘアメイク:ジョー・イエン(折妍)
ライン・プロデューサー:シュー・ラー(徐楽)
プロデューサー:ナイ・アン(耐安)、ロウ・イエ(婁燁)、イー・ジア(易佳)
エグゼクティブ・プロデューサー:チャン・ジアルー(張家魯)、ロウ・イエ(婁燁)

キャスト
ジン・ボーラン(井柏然)
ソン・ジア(宋佳)
チン・ハオ(秦昊)
マー・スーチュン(馬思純)
チャン・ソンウェン(張頌文)
ミシェル・チェン(陳妍希)
エディソン・チャン(陳冠希)

原題:『風中有朶雨做的雲』/2019 年/中国/129 分/北京語・広東語・台湾語/DCP/1.85:1/日本語字幕:樋口裕子

配給・宣伝:アップリンク ©DREAM FACTORY, Travis Wei