『ジャマイカ 楽園の真実』では、全編に流れるナレーションに、ジャメイカ・キンケイドの著作『小さな場所』からの文章を用いている。監督のステファニー・ブラックは、カリブの小島アンティーガ出身の作家ジャメイカ・キンケイドのこの作品を、舞台をアンティーガからジャマイカに置き換えてナレーションとして使うことを切望。
「彼女の文章は、私の感じていることに最も近いものである」
と2年間オファーをし続けた。

映画は、旅行者たちがジャマイカ島に到着するところから始まる。そこに、キンケイドの文章がナレーションで流れ、観客は息を飲むような島の自然の美しさの影で、深刻な対立があることを感じ始める。キンケイドの文章にある詩的な切迫感は、ジャマイカが抱えている植民地としての過去の遺産から、現在の経済的な困難までも伝えてくれる。

たとえば、リゾートホテルで南国風の料理を楽しむ旅行者たちのシーンでは、ナレーションがこうかぶさってくる。

「おいしいごちそうにありつこうとする時、それらのほとんどがマイアミから船に載せられてきたものであることは知らないほうがいいだろう。驚くべきことが起こっている。でも、今ここで深く追及することはできない。」(『小さな場所』からの抜粋)

 
ジャメイカ・キンケイド(ナレーション『小さな場所』著者)
1949年、カリブ海の小島、旧英領アンティーガに生まれる。
1965年、16歳の時にニューヨークへ渡る。
24歳のときにグロリア・ステイナムへのインタビューで知られるようになり、ウィリアム・ショーンに見出される。
1976年より『ニューヨーカー』誌の専属ライターになりめきめき才能を発揮。パトワ語によるポスト・コロニアル小説の旗手として人気の黒人女性作家である。

キンケイドはトニ・モリソンと並んでアメリカでもっとも熱心に読まれ論じられている作家のひとりである。
彼女の作品はどれも自伝的であるが、それはキンケイドが本質的にマイナーな作家であることの証だろう。
美しくも、ときに残酷な、魔術的なものが日々の暮らしに溶け込んでいるカリブ世界の歴史を、あくまで「肉声で語る」スタイルで書きつづけている。

『ジャマイカ 楽園の真実』のナレーションは、彼女の1988年作品『小さな場所』にもとづいている。
『小さな場所』の舞台は、ジャメイカ・キンケイドの出身地であるアンティーガである。
アンティーガは、1980年代に英連邦の一国アンティーガ・バーブーダとして独立するまで、イギリスの植民地であった。
その関係で公用語は英語で、教育など主要な機関・施設はイギリス人にちなんだ名前がつけられ、国全体がイギリス人によって牛耳られてきた。
そうした植民地の微妙なバランスは独立によってくずれた。
英米や中近東などの資本と結託した一部の人間たちが汚職政治を展開し、観光客のための施設だけが立派で、住民は貧しい暮らしを強いられている。
そうした事情を、観光客としての読者(つまり欧米人)を相手に、きびきびとした文体で語った本である。
 
ジャメイカ・キンケイドの作品
『川底に』1983
(平凡社 原題"At the Bottom of the River") 
  『アニー・ジョン』 1985  (学芸書林 原題"Annie John")
『小さな場所』1988
(平凡社 原題"A Small Place")
  『ルーシー』1990 (学芸書林 原題"Lucy")
  『母の自伝』1996(平凡社 原題"The Autobiography of My Mother")
『弟よ、愛しき人よメモワール』1997
(松柏社 原題 "My Brother")
  『マイ・ガーデン』1999 (原題"My Garden")