レゲエ・ファン必見!
3人組が、ラスタのルーツの地イズラエルで、グッド・ヴァイブス溢れるライヴ・ステージを披露する。
鈴木孝弥(文筆家:書籍「ルーツ・ロック・レゲエ」監修)
イズラエル・ヴァイブレーションは世界中で人気の高いルーツ・レゲエのヴォーカル・グループであり、その希有なスタイルで、今日に至るまでレゲエの良心とラスタファリアニズム信仰を世の中に伝え続ける存在だ。3人それぞれが曲を書き、自作曲のリード・ヴォーカルを担当する。レコードでもステージでも、3人は順番に1曲ずつ自作曲を、それも同曲数、披露するのだ。三位一体思想の影響で3人組のヴォーカル・グループが多いレゲエの世界にあって、こんな形態の、“三位”がまさに平等に一体化した3人組はあとにも先にも彼らしか存在しない。
本作は彼らの1993年7月のイズラエル公演の様子を収めたドキュメンタリーだが、多くの方がご存知の通り、この3年あとの96年にアップルがグループを脱退、以降グループは2人組の形態をとっているから、彼らの専売特許だった“ミスティック・トライアングル”の魅力は成立しなくなってしまった。しかし本DVDには3人によるオリジナル・イズラエル・ヴァイブスの、全盛期の姿が収められている。
スケリー(1952年生まれ)、アップル、ウィス(共に55年生まれ)の3人は、映像中でも語られているように、共に小児麻痺(ポリオ)患者としてのハンディを負っていたせいでキングストンのモナ・リハビリテーション・センターに入所、そこで互いに知り合い、一緒に歌い始めるようになった。3人の中で最も身体的自由の利くアップルは、60年代の末にアルファ・ボーイズ・スクールに移るも、間もなく学校から脱走、一文無しのまま路上生活を送るようになる。74年ごろまでのスケリーは全く別のホット・リックスというグループを結成したようだが成功せず、ウィスは洋服作りのスキルを身に付け、センターで働くようになっていた。そんな中でラスタファリアニズムに深く目覚めた3人は、結局センターに身を寄せ続けることができなくなり、本格的に音楽活動に専念するようになる。
エチオピアの皇帝ハイレ・セラシエをジャー(神)として崇め帰依するラスタファリアンの存在は、その頃のジャマイカ社会でも厄介者の扱いを受けていた。ラスタとしてのアイデンティティに目覚めた3人が、その信仰のせいで病を持つ子供たちを支援する施設から追い出されたことまでは映像の中で語られているが、しかし3人は、その後ラスタの世界においても病を理由に冷遇されてしまう。当時多くのラスタは、ポリオという病気を罪深き者に対してジャーが与えた罰と考えていたため、施設から路上に放り出された3人を支援するラスタは当初ほとんどいなかったようだ。
そこに救いの手を差し伸べたのが、ラスタファリアニズムの一宗派で、ボブ・マーリィ、デニス・ブラウン、ジェイコブ・ミラーやアイジャーマン、フレディ・マクレガーらも属していたトゥエルヴ・トライブズ・オブ・イズラエル(イズラエル12部族)の一員、ユー・ブートなる人物だったわけだ(同宗派は信仰とレゲエ音楽との関係を重視したこともあって、多くのミュージシャンが属していた)。 そのブートが最初のシングル盤「Why Worry」のレコーディングの費用を持ってくれたというエピソードはスケリーが語っている通りだが、そうしてレコーディング・アーティストの仲間入りを果たして以降、本映像が撮影された93年頃までのグループの活動に関して、以下にざっと補足しておこうと思う。
スケリーのペンによるその「Why Worry」のあと、次にはアップル作曲の「Lift Up Your Conscience」が同じくシングルとして発表された。両曲共、発売は7506年の話である。
それらのシングルの評判によって3人はボブ・マーリィやデニス・ブラウンらからの支援、力添えを受けるようになり、その流れで、プロデューサーのトミー・コーワン(のちにレゲエ・サンスプラッシュの名物司会者としても広く知られることとなった人物)が彼らにアルバム制作を持ちかけた。前述の2曲を含む名曲揃いのデビュー作『The Same Song』はこうして制作され、コーワンのトップ・ランキング・レーベルから、記録では78年にリリースされている。
続くセカンド・アルバムは、マーリィが自分のバンド:ウェイラーズとタフ・ゴング・スタジオを使用して録音することをコーワンと3人のメンバーに勧め、そのサポートによって79年、これまた素晴らしい『Unconquered People』が録音され、翌年イズラエル・ヴァイブス・レーベルからリリースされた。晩年のマーリィはその他にも自身が出演するコンサートに3人を出演させるように働きかけたり、音楽的に多くのアドヴァイスを与えるなど、グループの成功に大きな力を貸している。当然のごとくヴァイブスの面々はマーリィを非常にリスペクトしていて、本DVDのイズラエル公演を含む'9203年のツアーでは、アップルが自作曲を歌う順番でマーリィの「War」を取り上げてもいた。彼らが他人の曲をカヴァーすることは非常に稀なことである。
'81年には、時の人だったヘンリー・“ジョンジョ”・ロウズがプロデュースし、チャンネル・ワン録音、バックがハイ・タイムス・バンド、エンジニアがサイエンティストという布陣による3作目『Why You So Craven』(アライヴァル・レーベル)が制作される。が、グループとプロデューサーとの間の意見の違いから制作は終盤頓挫し、コーラスまで完全に録り終えていなかった数曲にタムリンズのコーラスを被せるなどして勝手にリリースされてしまうという、グループにとっては不本意な結果となったが、内容的にはこれも聴き応えがあり、どう見ても駄作などとは呼べない出来である。 3人はこのときの報酬を手にアメリカに渡り、以降アメリカを活動拠点とした。しかしその矢先、アメリカで仲間割れをおこし、アップルは事実上一度グループを去っている。結局そこから88年までの3人は、それぞれにあまり積極的とはいえないソロ活動に甘んじ、唯一ウィスが『Mr. Sunshine』というソロ・アルバムをジャー・ライフ・レーベルからリリースしている以外、特筆するべき活動は記録に残っていない。
のちのインタヴューによると、3人には米国での就労ヴィザの問題もあり、それも表立った活動が出来なかったことの要因だったという。ところが88年になる頃には彼らを取り巻く環境は一気に好転する。アップルがグループに戻り、本DVDの制作元でもあるワシントンのラス(RAS=Real Authentic Sound)・レコーズとグループとしてサインを交わすことになる。そこでニュー・アルバム制作の話が軌道に乗り、ヴィザの問題もクリアになったことで、いよいよイズラエル・ヴァイブスの本格的な世界進出が始まったのである。
ラスとは長期のコントラクトを結び、今もってグループは同所から安定したリリースを続けているが、その記念すべき初作が88年、通算4作目の『Strength Of My Life』。本DVDの冒頭に使われているスケリーの「Strength Of My Life」以下、ウィスの「Cool And Calm」、アップルの「Middle East」、スケリー「Payday」、ウィス「Greedy Dog」の曲がそこからのセレクションだ。
そしてこの『Strength Of My Life』以降、ラス・レーベルがハウス・バンドとして雇っていたルーツ・ラディクスがイズラエル・ヴァイブスの専属バンドとなったことも、ルーツ・レゲエのファンにとっては大変な魅力となった。ラディクスは、元はといえば70年代後半のジャマイカでグレゴリー・アイザックスが自分のバック・バンドとして招集・命名したバンドだが、それ以降、彼らはルーツ・レゲエの代表的なビートの種類の1つであるワン・ドロップをトレード・マークに多くのアーティストのバックを担当。特に80年代前半のダンスホール・サウンドを支えた立役者となったが、その後ジャマイカでコンピュータライズド(打ち込み)・トラックが主流になると、アメリカでの活動が多くなった。つまり、アメリカに活路を求めたイズラエル・ヴァイブスと、同じような境遇にあったルーツ・ラディクスとを、ラス・レコーズのドン:ドクター・ドレッドが組ませて同レーベルの強力な売り物として世界に売り出したわけである。
この魅力的なカップリングが好評を博し、次作、90年の『Praises』、ラスからの3作目となる91年の『Forever』と快調なリリースが続いた。本DVDに収められている曲はここまでの作品で占められていて、『Praises』からはウィスの「Vultures」「Jailhouse Rocking」とアップルの「There Is No End」「New Wave」が、『Forever』からはスケリーの「Red Eyes」とウィスの「Soldiers Of Jah Army」が披露されている。そして、本DVDで聴けるラス時代以前(すなわちジャマイカ時代)のレパートリーが、アップルの「We A De Rasta」(『Unconquered People』収録)と、スケリーの歌う「Why Worry」に「(We All Gonna Sing The) Same Song/a.k.a. Same Song」(共にデビュー・アルバム『The Same Song』収録)である。
91年の『Forever』のあと、イズラエル・ヴァイブスは初のライヴ盤『Vibes Alive!』を92年にリリースし、同年10月には日本公演も行っている。その『Vibes Alive!』の収録曲と本DVDとの重複は「Vultures」「Cool And Calm」「There Is No End」「Payday」「Greedy Dog」「New Wave」の6曲。 時系列的に並べると、『Vibes Alive!』のあとに日本公演があり、その次にこのイズラエル公演があって、次のスタジオ録音盤『IV』のリリースという流れになるが、その日本公演とイズラエル公演との間に、それこそワン・ドロップ・ビートの要だったルーツ・ラディクスのドラマー:スタイル・スコットがバンドを離れ、その後釜にカール・エイトンが座ったことも、当時ファンにとっては大きな関心事だった。スライ&ロビーのスライ・ダンバーと並ぶレゲエ界の人気ドラマーであるスコットに比べると地名度は低いかもしれないが、エイトンはバニー・ウェイラーのバンドのドラマーだから、その実力はルーツ・レゲエ・ファンにはよく知られている。本DVDは、そのエイトン加入後のラディクスが味わえる映像でもある。
それから本編の最後のクレジットにあるように、この作品はラディクスの創始者であるビンギー・バニーに捧げられている。このあとほどなくして彼が癌によって他界したからであり、ステージに向かって左側で演奏しているリズム・ギタリストがビンギー・バニーだ。
さて、ヴァイブス&ラディクスの活動歴と本作収録曲についておおまかに触れてきたが、最後にこのイズラエル公演が持つ特別な意味合いについても記しておかなくてはならない。ラスタファリアニズムを理解している人には不要の説明だろうが、ラスタファリアンは自分たちを古代イズラエル人の末裔だと信じている。つまり古代イズラエル人と神との間の契約を記した旧約聖書を自分たちのための書物と理解し、その教えを守っている人たちなのだ。ということで、この映像には、古代ローマ帝国に攻め入られて国を追われ、世界中に四散した古代イズラエル人の約束の地に、ラスタマンとして赴いたヴァイブスのメンバーたちの歓びが満ちているわけである。他の公演地に赴くのとは訳が違い、彼らは自分たちのルーツ(もちろんイズラエル・ヴァイブレーションというグループ名からして、それを表しているわけだが)の地を踏みしめ、そこから“グッド・ヴァイブレーション”を吸収している様が収められているというわけだ。
そんな全盛期のイズラエル・ヴァイブスと彼らの聖地イズラエルの風景、ビンギー・バニー存命時のルーツ・ラディクスの姿が楽しめる本作は、ルーツ・レゲエ・ファンならばいろいろと感慨深く、興味深いものだと思う。これ以降のヴァイブスのディスコグラフィー、あるいは本解説で割愛したダブ・アルバムなどに関して興味のある方は、Ras Records のWeb サイトを参考にして欲しい。単独グループとしては同レーベルに最も多くの作品を残しているレーベルの看板グループ=イズラエル・ヴァイブスの作品が、発表順(品番順)に整理されている。