映画『ニーナ ローマの夏休み』

ツイッター


NINA

イントロダクション

バカンスで人影の消えたローマ

『ニーナ~ローマの夏休み』は、バカンスで人のいなくなった静かなローマで、将来への期待と不安を抱きながら過ごす女性ニーナのひと夏の不思議な物語である。限られた登場人物、幻想的なストーリー。全く新しいイタリアの貌を背景に、若い女性の揺れ動く心情を描き出したのは1981年生まれのエリザ・フクサス。デヴィッド・リンチとフェデリコ・フェリーニが大好きで、世界的建築家マッシミリア―の・フクサスが父親という、イタリア期待の新人女性監督。2012年、東京国際映画祭の会場を埋め尽くした同世代の圧倒的な支持を得て、一般公開が待たれていた作品である。


映画の中のエウル建築

─淵上正幸(建築家)

ローマの南部にある街エウルは、1942年ムッソリーニ政権下で開催予定だった「ローマ万国博覧会」のために、1930年代から開発計画がスタートした都市。しかし第2次世界大戦が勃発し、万国博は未開催。だがムッソリーニによるファシスト建築が建設され、そのメガロマニアックなデザインが独特の魅力を放って、今日ではローマ新都心として人気を博している。

映画『ニーナ~ローマの夏休み』では、ほとんどの屋外シーンはエウルの建築が背景となっている。エウル建築が織り成す陰翳が、非常にメタフィジカルな雰囲気を漂わせているし、おそらく監督エリザの脳裏には、谷崎潤一郎の『陰翳礼讃』や形而上絵画の巨匠ジョルジョ・デ・キリコの作品があっただろう。 実際にエウルの建築が醸すシュールな美学は、デ・キリコをはじめ多くの造形作家に影響を与えた。しかも建築家である彼女の父マッシミリアーノ・フクサスは、若き日デ・キリコの下で絵画を学んだ。こうしてみると、映画の背景として人影の少ない夏のローマ、それもエウルの建築群を、エリザが選んだのもおのずと分かってくる。 映画では「文化宮殿」「コングレス・パレス」「エウル協会事務所」「ローマ文明博物館」その他が登場するが、いずれもかつてのファシスト建築ばかり。だがひとつだけガラス張りの現代建築で工事中のシーンがあった。それはマッシミリアーノ・フクサスの「エウル新コングレス・センター」。映像的感性にウエイトがおかれたこの映画には、建築家である父親へのオマージュが潜んでいるようだ。

淵上正幸(フチガミ マサユキ)
日本建築学会会員。東京外国語大学フランス語学科卒。建築・デザイン関連のコーディネーター、書籍や雑誌の企画・編集・執筆、および建築講演や海外建築視察ツアーの企画・講師などを手掛ける。主著に『ヨーロッパ建築案内』1~3巻(TOTO出版)、『アメリカ建築案内』1~2巻(TOTO出版)、『世界の建築家51人:コンセプト と作品』(ADP出版)などがある。

EUR

エウル EUR(Espsizione Universale di Rome ※ローマ万国博覧会という意味)

(フルネームはEspsizione Universale di Rome(ローマ万国博覧会という意味)) イタリアのローマ近郊に、ローマ万国博覧会(1942年開催予定だったが第二次世界大戦により中止)会場として、1930年代からムッソリーニにより建設された新都心地域。ローマの他の地域とは異なり近代建築が立ち並び、官公庁や博物館、スポーツ施設、大規模商業施設や大規模住宅などがある。

▲ scroll to top